読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

チオの日記

1人で静かに暮らしています。

「教える」「教わる」ということ

人生

ディスカッションに近い性格の打ち合わせをしていたときの出来事。
Aさん「Zが××になる理由がわからないんですよねー」
僕「それはKが△△で□□だからじゃないですか?」
Aさん「いや、それは分かってるんですけど!」

 

f:id:chio2216:20170125203131p:plain

 

僕はこのAさんの反応に正直イラッとした。Aさんはその台詞の後、何が分かっていて何が分からないかの説明をしてもくれなかったので、僕は話題を少し変えて別の人へ話を振り、この件に関して深掘りはしなかった。

 

これは多くの人が感じていることだとは思うけれど、人にものを教えることは難しい。そして、人からものを教わることも難しい。だけど、学校でも仕事でも家庭でも、教えたり教わったりする機会は避けて通れないものだ。そこで、今回の僕とAさんの一件から、「教える」「教わる」ということについて考えてみたいと思う。

 

 

僕はどうすればよかったか?

この一件において、僕の良くなかった点はどこだろうか。それは、Aさんが何を知りたいのか把握することを怠った点だと思う。

 

僕はAさんが何について知りたがっているかしっかり確認せずに、基本的な部分から話し始めた。それがAさんにとっては馬鹿にされているように感じたのかもしれない。Aさんが知りたかったのは、それよりも応用的な部分であった可能性が考えられる。

 

人は何かに対して「よくわからない」と感じたとき、
「自分はどこが分かっていてどこが分かっていないか」
を明確に説明できない場合が、往々にしてあると思う。実際今回、Aさんはそれを説明できなかった。

 

教える側の心構えとしては、相手の分からない部分を早急に決めつけず、質問を重ねながら相手から引き出していく――カウンセリングをするような気持ちで臨むのがよいのだろう。こちらから知識や理論を相手に押し付けるのではなく、対話をするうちに、相手側の考えが閃いたりまとまったりして答えが自然に出てくるのが最も理想の形なのかもしれない。

 

 

Aさんはどうすればよかったか?

Aさん側の問題は、怒りの感情を乗せたような発言をしたことだろう。このような物言いをしてしまっては、相手側は狼狽えてしまい、対話を深めることができない。

 

どの部分がどうわからないのか言語化することさえできれば、対話は深まっていくだろう。

 

 

まとめ

・教える側になったときは、まず相手が何を欲しているのかを探る。そして、こちらから押し付けるのではなく相手から引き出すことを意識する。

・教わる側になったときは、謙虚な気持ちを持つ。自分が何を知りたいかを言語化する努力をする。