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チオの日記

1人で静かに暮らしています。

一人称と、それにまつわるあれこれ

人生

「一人称」とは?

わざわざ説明する必要もないかもしれませんが、話し手自身のことを指す人称――いわゆる自称のことです。日本語では「私」「僕」「俺」「自分」「うち」「小生」「拙者」……などなど、多くの一人称が存在します。

 

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わたくしチオは現在、「僕」という一人称を用いることが多いです。が、その他の一人称も用いています。数年前の話になりますが、僕が書いた1つの文章の中で「僕」「私」「俺」「自分」という4種類の一人称が使われていて「統一感ないな……」と笑ってしまったことがあります。

 

 

一人称を持たなかった18年間

僕は生まれてから18年間、一人称を使えていませんでした。自分の意見を主張しづらいのでとても不便です! オススメできません!!

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なぜ僕は一人称を持たなかったのか?

幼少の頃の記憶は曖昧なので、これは推測になってしまうのですが……。僕の中で有力な説は、一人称を獲得するはずの幼少期に、僕は自身の性別を決めかねていたからなのではないかというものです。

 

僕が住んでいたアパートには子供がたくさんいて、彼ら彼女らと接する機会は多かったですし、幼稚園も年少組から3年間通っていました。なので、男の子は「僕」「俺」、女の子は「わたし」という一人称を使うことが多いというのは認識できていたはずです。
この辺の話は親に聞いてみたら何かわかるのかな……。でも、なんか親とそんな話をするのは気が進みません。ものすごい拒否感があります。

 

小学生の頃は男子グループに馴染んでいましたし、小学校以降、一人称が使えていなかったのは、単に踏ん切りがつかなかっただけという部分が大きそうです。

 

 

オタクのジェンダーは女?

ちょっと話は飛びますが。7年くらい前に「『オタクのジェンダーは女』論」みたいなものを読んだことがあります。男性のオタクは可愛い女の子になりたいんだという内容。僕はそれを読んでめちゃくちゃ同意しました。当時、僕は「けいおん!」のあずにゃんが好きだったのですが(今でも好きです)、それは恋愛対象として好きだったわけではなく、自己の理想像として好きだったのです。

 

ただし、この「『オタクのジェンダーは女』論」には反論も見受けられます。

・単にジェンダーロールから逃げたいだけで、性別を超越しているというほど大げさなことではない

・単に無条件で承認される存在になりたいだけ

・単に「かわいい」への憧れがあるだけ

・それは特殊性癖だろ! いい加減にしろ! 俺は別に女の子にはなりたくない!

など。

 

(同様の話題。参考に)

 

 

結局僕自身の性自認・性指向はどうなのか?

結論から言うと、よくわかりません。

 

ただ「『オタクのジェンダーは女』論」が受け入れやすかったこと、彼女(らしき人)を作ることに多くの困難を感じたこと等から、少なくとも男性としてのジェンダーロールから逃げたい感を抱いていることは確かです。

 

あと、「好き」の違いが実はあんまりよくわからないです。友達としての「好き」と恋愛感情としての「好き」の差がよくわからない。

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否定しなきゃダメなの?

4年前、会社にてこんなやりとりをしました。

先輩「チオくんって、彼女いるの?」

僕「いません」

先輩「どれくらいの期間いないの?」

僕「いたことがありません」

~その後、チオはホモであるという噂が流布しました~

 

まぁ、噂が流れるだけならまだいいんです。嫌だなと強く感じたのは、「ホモなの?」という質問をされた際、明確に答えなかった僕に対してぶつけられた、「ちゃんと否定しなきゃダメだよ!」という言葉でした。

 

 

型に嵌められることの息苦しさ

自分が嫌だなと感じた出来事等から考えたこととしては、その人を「属性」で判断するのではなくて、その人自身をしっかり深く見ることが重要なんだ――ということです。

 

僕は昔から「レッテル貼り」のようなものに拒否感があって、「レッテル貼りの類は差別的で嫌だ」と思っていました。それはおそらく自分の中で「ちょっと多数派とズレているな」と感じる部分がいろいろとあって、他人から貼られたレッテルが自分と合っていない感覚を多く感じてきたからなのではないかと思っています。

 

とは言っても、僕の能力の凹凸や心の状態などは、なんか微妙に多数派からズレている感はあるのですが、別に大したことないレベルだよな……自分なんかが「つらい」なんて言えないよな……と考えてしまいます。

 

せめて自分は他人を理解する際に、安易に型に嵌めず、その人自身をしっかり理解するよう努めていきたい――ということは強く思っています。

 

(この対談良かったです)