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チオの日記

1人で静かに暮らしています。

「頑張る」ことについて

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僕は頑張ることがあまり得意ではない。だから、苦手なことからは極力逃げるようにしてきた。苦手なことは、たくさん頑張ったところでなかなか成果に結びつかないからだ。

 

最近、あることに対して頑張っているつもりであったが、大事な時に力を出すことができず後からツラい思いをする、ということを二度も繰り返してしまった。 

 

 

ああ、まさにこれだ。事前に「よし、緊張せずに頑張るぞ!」と気合いを注入して臨むものの結局緊張してダメっていうパターン。自分が「頑張ってもうまくいかない」と感じてしまう理由はここにあったのだ。苦手なことに対しては上手い方法論が簡単には思い浮かばないから、気合い・根性・力技で立ち向かおうとしてしまう。しかし、自分には、燃え盛る炎のような気合いも、揺るがぬ大地のような根性も、岩をも砕くような力技も備わっていないのだ。だから、心身をすり減らすだけで結果が付いてこない。

 

逆に、得意なことはすんなりと良い方法論が編み出せるから、特段頑張っているつもりがなくても結果が出るのだろう。そしたら、苦手なことも、方法論をじっくり調べたり考えたりした上で行動に移すことで、ある程度成果を収めることができるのではないだろうか? 引用ツイートの、

「緊張しても必要なことをしゃべれるようにプレゼンにいろいろ自分を手助けする字幕を仕込んでおく」

という部分が、まさにその「方法論」に当たる部分だと思う。

 

「力を出し切れずに成果を収められなかった」ということを続けてしまい、自分のダメさに圧し潰され心が折れそうになっていたが、1つの気づきを得られてよかった。力を100%出し切ったところで良い結果が得られるとは限らないが、力を出し切ったのであれば、仮に結果が伴わなかったとしても諦めがつくのではないだろうか。たぶん……。