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チオの日記

1人で静かに暮らしています。

「コミュニケーション能力テスト」から考えたこと

人生

 

この診断によると僕は「自意識過剰で考えすぎな、超会話下手」らしい。

 

どんな会話の流れだったかは忘れたが、2年ほど前に会社の人たちと食事をしていた際、「僕、人と話すの苦手なので……」と言ったことがある。そしたら、隣に座っていた先輩が「話すのが苦手な人間なんているの?」と言わんばかりの反応をしてきたので、僕は驚いてしまった。「人と話すのが苦手」というのが理解してもらえないというのは僕にとっては衝撃だった。

 

自分の過去を思い返すと、小学生の頃は人と喋ることに対し特に苦手意識は抱いていなかったように思う。転換期は中学生の頃だ。

 

僕はたぶん場の空気を読むのがあまり得意ではない。僕は目立つ行動をしたがるタイプの人間ではないので、「空気の読めなさ」はそこまで露見していなかったかもしれないが、小学生の頃はだいぶ周りに迷惑を掛けていたのではないかとも思う。

 

中学生になった僕は自分の空気の読めなさに気づいてしまった。さらに、クラスの女子たちから自分の行動や容姿について馬鹿にされているのも知ってしまった。ここで対人コミュニケーションに対し恐怖感が植え付けられてしまったように思う。高校は男子高だったが、人間関係はあまりうまくいかなかった。

 

僕は自分のコミュニケーション能力に関して完全に自信を失ってしまっていたのだが、大学4年生の頃、地に落ちた自信を少し取り戻す出来事が起こった。

 

 

彼に言われるまで気付かなかったのだが、僕はビジネス的な会話は苦手ではなかったのだ。ウェーイ的なノリの会話は今でも全然できなくて、ハイテンションで話しかけられても「アッ……ソッスネ……」みたいな感じになってしまうが。

 

あと、これは会社に勤めるようになってから分かったことなのだが、リア充な人が必ずしも仕事上でのコミュニケーション能力が高いとは限らない。これは正直意外だった。僕のような陰気な非リア野郎よりも、イケイケリア充マンのほうが連絡能力は当然高く、飲み会で培った人脈を活用してバリバリ仕事をこなすものだと、学生の頃の僕は思っていた。

 

しかし、会社で身の回りにいるリア充タイプの人間を見ていると、飲み会のときなどは元気がいい割に、業務に関する質問をしてもモゴモゴと口ごもったり、上司に相談をせずに勝手に仕事を進めて失敗したりなど、「コミュニケーションできてなくね?」と思うことが意外とあるのだ。

 

もちろんすべてのリア充タイプの人間がそうだというわけではない。でも、リア充な人たちって、単に同質性の高い人に囲まれているからウェイウェイしているだけであって、コミュニケーション能力が特別高いわけじゃないっていうパターンが実は多いのかもな、と感じた。

 

だから、「非リアでコミュ障な自分はクソだ」と思い込んでいる人は、そう自分を責めることはないんだと思う。ただウェイウェイできないというだけで、人としての能力はイケイケリア充マンとたぶんそう変わらんよ。