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チオの日記

1人で静かに暮らしています。

なんとなく思い浮かんだことを寄せ集めてとりあえず1000文字書く

人生

たまにはまとまった文章を書こうと思い立ったのでとりあえず1000文字くらい書く。

 

気がついたらいつの間にか27歳になっていた。早いものだ。30歳なんてあっという間だな。

 

学生生活に終止符を打ってから2年半の月日が経ち、今は会社員をやっているわけだけども、これから37年余り(65歳定年制になっていれば)も週5日仕事をする人生を送らなければいけないのかと思うとちょっと気が滅入るときがある。

 

先日、入社13年目の先輩2人が昼休み中にご飯を食べながら「仕事のモチベーション」について話し合っていた。たまたまその近くを通りかかった僕は「チオくんは何のために働いている?」と先輩から問われ、「生活するお金を得るためです」と答えた。それに対し先輩は「そのモチベーションの低さはマズい」というようなコメントをしたが、世の中の多くの人はもっと高邁な理想を掲げて仕事をしているのだろうか? 謎である。

 

僕は仕事に熱い情熱を注いでいるわけでもなく、幸せな家庭を築こうとしているわけでもない。生きるのに必要なお金を得るために仕事をし、彼女も作らずにおとなしく生きている。周りの人から見たら何が楽しいのか分からない人生なのだろうか? まぁ僕は人生は基本的にツラいものだと思っている。勿論嬉しかったり楽しかったりする瞬間はあるけれど。

 

もし、痛みや苦しみを感じずに死ねるボタンがあったとしたら、押すことにあまり抵抗はない。そして、そんなボタンがあったとしたら世の中の何%くらいの人がそれを押したいと思うかにもなんとなく興味がある。

 

なんかこの文章は全般的にどんよりした内容だけれど僕は別に積極的に死にたいとか思っているわけではない。時々落ち込むときもあるけれど、そこそこ心穏やかに生活している。でも、「生きているだけで素晴らしい」みたいな事は考えていなくて、どちらかと言うと僕は、自分を生み出した親をちょっと憎んでいる。生まれてこなければ苦しみを感じずに済んだわけだし。「子供は育ててくれた親に対し感謝すべき」みたいなことを主張している人は結構居ると思うのだけれど、僕はその考え方には反対である。なぜなら、子供は自分の意志で生まれてきたわけじゃないから。親が自分の都合で勝手に子供を生んだのだから、子供が一人前になるまで育て上げるのは当然だろう。親になる人はその責任を感じた上で子育てをすべきと思うけれど、結婚すらできていない僕がそんなこと主張したところでどうにもならない気がするので、これまでにそんな主張をしたことはない。

 

とりあえず1000文字超えたので終わり~。